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大阪地方裁判所 昭和55年(わ)3507号 判決

被告人 明谷こと金博次

一九五九・一〇・三一生 無職

主文

被告人を懲役六年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五三年五月二八日午後〇時五五分ころ、大阪府茨木市下穂積一丁目一一番二号先道路において、普通乗用自動車を運転した、

第二  昭和五五年五月中旬ころ、それまで稼働していた土建会社をやめ、友人の家へ泊つたりしながら時々知り合いの土建会社で土工として稼働していたところ、同年七月一日午前一時ころ、飲酒するため岡本清治ら友人三名とともに同市大手町一〇番二五号所在のパブラウンジ「白い家」に赴き、カウンターの空席に座つたが、友人二名と右席で飲酒し用便のため一時席をはずしていた増田晴彦(昭和三五年五月六日生)が同所に帰つて来たことから席のことで同人らとトラブルが生じ、女店員の指示により被告人らが一つずつ席をつめたため一旦右トラブルはおさまつた。ところが、右増田が隣席となつた前記岡本に「おまえら学生かい。」などとしつこくからんだためこれを聞いた被告人が立腹し、「おまえら何をぬかしとるんや。」と叫ぶと同時に付近にあつたウイスキーの瓶を手にしてその先端を割るため椅子に叩きつけたところ、同店に来合わせていた増田の知人久保田年之(昭和三一年一月二四日生)からウイスキーの瓶で頭部を殴られたため激昂し、右カウンターを乗り越えて同店調理場へ行き同所にあつた包丁一本(刃体の長さ二四センチメートル、昭和五五年押第五六八号の一)を掴んで引き返したうえ、同所に佇立していた増田のそばに近づくや、同人が前記久保田であると思い込み、場合によれば死ぬかも知れないことを認識しながらあえて右包丁で同人の左脇腹付近を一回突き刺したが、その直後増田を突き刺したことに気がつき、更に久保田を突き刺そうと考え、傍にいた同人に近づくや、右同様同人が死ぬかも知れないことを認識しながらあえて右包丁で同人の胸あたりを一回突き刺し、よつて増田に対し左側腹部刺創の傷害を負わせ、同年九月一四日午前七時五五分ころ、同市清水一丁目三四番一号所在の友紘会病院において、右刺創の治療に伴う輸血後肝炎に起因する硬脳膜下出血により死亡させて殺害し、右久保田に対しては急所がはずれたため加療約一〇日間を要する前胸部刺切創の傷害を負わせたにとどまり殺害の目的を遂げなかつた。

ものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、被告人の行為と増田の死亡との間に法律上因果関係がない旨主張するので検討するに、前掲各証拠によれば、増田は受傷後直ちに前記友紘会病院に収容されたが、左側腹部刺創は深さ約一〇センチメートル、左第一一、一二肋間動脈が切断され、左賢臓に達する重傷で一時危篤状態にあつたこと、同病院では直ちに手術を行い、当日右手術中も含め濃厚赤血球一一二〇竓、新鮮血七一〇竓を、同月二日に新鮮血六〇〇竓、同月三日に新鮮血二〇〇竓をそれぞれ輸血したこと、増田は引き続き右病院に約一か月入院し、昭和五五年八月二日退院したのちもしばらく通院したこと、身体の調子が良くなつた増田は同年九月一日から大阪市東淀川区内の炉端焼店で稼働したが、同月八日高熱を発し、自宅付近の北野外科病院で診察を受けたところ、前に入院していた前記友紘会病院で診療を受けるよう勧められ、翌一〇日同病院で両眼の黄疸を指摘されて直ちに再入院し、同病院で再び治療を受けたにもかかわらず増田の黄疸は次第に高度となり、その腹部は膨隆し、更に廊下を四つん這いになつて走るなどの異常行動をするようになつて、遂に同月一四日午前七時五五分死亡したが、その間濃厚赤血球、新鮮血及び保存血合計三一五〇竓の輸血が行われたこと、翌一五日大阪医科大学法医学教室で増田の遺体を解剖した結果、その血清試料からHBS抗原の存在が証明されるとともに硬脳膜下出血がみられ、死因は輸血後肝炎に起因する硬脳膜下出血であることが判明したことなどの事実を認めることができる。更に医師松本秀雄作成の鑑定書及び同人の検察官に対する供述調書によれば、右輸血後肝炎は受傷直後の一連の輸血が原因であること、右硬脳膜下出血は肝障害に伴う二次的出血であることが認められ、これらの事実に、前記のような増田の受傷程度からみて右輸血は治療上不可欠であつたと考えられること、現在の医療水準では輸血をした場合輸血後肝炎が避けられないことがあることは経験則上肯認しうること、加えて増田が死亡するに至つた過程において同人の不注意や第三者の医療過誤などがあつたとも認められないことなどを合わせ考えれば、増田の死亡は被告人が増田に負わせた創傷に原因し、しかもその治療上通常の経過をたどつて惹起されたものと認めることができる。してみると被告人の行為と増田の死亡との間には法律上も因果関係があるというべきである。従つて、弁護人の右主張は採用できない。

二  次に弁護人は、被告人が増田あるいは久保田を包丁で突き刺した行為は過剰防衛とみることができる旨主張するので検討するに、被告人は久保田からウイスキーの瓶で頭部を殴られたことに激昂し、直ちにカウンターを乗り越えて調理場から包丁を携えて引き返したうえ本件各犯行に及んだことは前判示のとおりであり、久保田の右暴行と被告人の久保田に対する犯行の間には時間的間隔があるうえ、久保田が右暴行後新たな攻撃を被告人に加えたり、増田が被告人に攻撃を加えた形跡はないのみならず、前掲各証拠によれば増田あるいは久保田は被告人に刺される前に被告人のグループの者を殴打したりしたことが認められるとはいえ、前記のような被告人の行動に照らせば被告人が殴られたりしている自己のグループの者を防衛するため本件各犯行に及んだものとは到底認められないのであつて、以上のような本件各犯行の動機・原因、経過等に徴すると、被告人の本件各犯行が防衛の意思をもつてなされたものとは認められないから、弁護人の右主張はその前提を欠き採用しえない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条に、判示第二の増田晴彦に対する殺人の所為は刑法一九九条に、判示第二の久保田年之に対する殺人未遂の所為は同法二〇三条、一九九条にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪については懲役刑、判示第二の各罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の増田晴彦に対する殺人罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一二〇日を右の刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

被告人の判示第二の各犯行は些細なことから激昂し、鋭利な刃物で二人の身体の枢要部を突き刺したもので、その犯行態様はまことに粗暴で危険極まりなく、一人を死亡させ、他の一人にもまかり間違えば死亡させかねない傷害を負わせた結果もまことに重大であり、被告人によつて年若い人生を閉じなければならなくなつた増田の無念さやその遺族の悲しみは察するに余りあるというべきである。これらの点に、被告人は被害者や遺族に何らの謝罪や慰藉の方法も構じていないことや被告人には判示第一の罪と同種の前科及び窃盗の前歴があることなどをも考慮すれば被告人の刑責は重大であるといわなければならない。しかしながら殺人及び殺人未遂の各犯行は喧嘩に端を発した偶発的要素の強い犯行で、殺意もいずれも未必的殺意であること、増田は右犯行後二か月余りしてその治療に伴う輸血後肝炎に起因する硬脳膜下出血によつて死亡したものであること、被告人はいまだ年若く、改悛の情を示していることなど被告人に有利な諸事情もあるので、これらをも勘案して主文の刑期を科することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 大西一夫 平弘行 氷室眞)

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